消毒ガイドライン(日本消化器内視鏡技師会より転載)

内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン(第2版)

日本消化器内視鏡技師会安全管理委員会


 1996年に日本消化器内視鏡技師会消毒委員会がガイドラインを示してから,7年が経過した。この間感染管理術は大きな変貌を遂げている。そのため,委員会は部分的改定を行ってきた。一方,ここ数年,洗浄機をはじめ内視鏡機器や処置具の改良や短時間処理の新しい消毒剤が登場してきており,現状とかけ離れた部分がでてきているのでガイドラインを改定するものである。
 本ガイドラインは内視鏡検査に関係する医療行為を対象としている。感染管理の難しさは,眼に見えない,実際に感染しても直ぐにわからないことが多く,医療従事者自身も問題を十分に認識していない部分も存在する。しかし,検査や治療での感染防止は医療従事者の重大な責務である。
免責事項
 最新の証拠に基づいて有効で効果的な方法を推奨するために,このガイドラインは出来上がっている。しかし,新興する病原微生物や新たな感染の危険をすべて予想することは難しく,また現在推奨されることも将来そこまでする必要がなくなることも考えられる。
 このように感染管理は複雑で時の経過とともに変化するものであり,このガイドランですべて満たすには自ずと限界がある。そのため,本ガイドラインを施行したにも関わらず,不利益なことがおきても当委員会は責任を負うものではない。あくまでも,現在実行可能な範囲でできることを推奨するものである。



1.感染と感染症
 感染1)とは,微生物が宿主の生体表面,体内,あるいは組織内に定着,増殖して有害作用を示すこと。ただし,微生物が定着,増殖しても宿主は必ずしも病的状態を示すとは限らない。例えば,皮膚や粘膜などの正常細菌叢は,病原菌の侵入や増殖を押さえ感染を防御するように働いている。また感染の後,悪寒や高熱とその菌の特徴的な臨床症状を示す状態が感染症である。
2.内因性感染と外因性感染
 宿主生体内に常在する微生物が宿主の身体条件の悪化(栄養状態,免疫力,侵襲,加齢など)によって惹起されるのが内因性感染(自己感染)である。消化管手術後の手術部位感染は腸内や皮膚からの細菌感染であり,内視鏡では閉塞した胆管の造影による胆管炎,鎮静剤の使用に伴い口腔内の微生物が誤嚥性肺炎を起こすことがある。
 一方,外因性感染(交差感染)は病原体が,宿主体外から侵入して感染した場合(例,内視鏡による感染)をいう。

3.感染の成立
 感染には,以下の6因子が全部そろっていなければならい2)
1)病原体(細菌,ウイルス,真菌,原虫,プリオン)
2)リザーバー(微生物が生息する場所:人,動物,器具など)
3)リザーバーからの排出口(気道:インフルエンザ,消化管:赤痢,内視鏡:Helicobacter pyloriほか)
4)感染経路@空気感染:麻疹,水痘,結核A飛沫感染:インフルエンザ,風疹ほかB接触感染:MRSA,Escherichia coli O157ほか
5)感受性宿主の侵入門戸:消化管,気管,眼,創のついた皮膚ほか
6)感受性宿主:人

4.感染管理の原則
 感染の成立を防ぐためには,この6因子のどこかを潰せばよい。その中でも感染経路を遮断することが最も簡単で効果的な方法である。そのための戦略としてスタンダードプリコーション3)とスポルディングによる分類4)が不可欠である。
1)スタンダードプリコーション(標準予防策)
 感染対策の方法として基本的で最も重要な考え方がスタンダードプリコーションである。その内容は,創のある皮膚,粘膜,すべての血液,すべての体液,分泌物(ただし,汗を除く),排泄物に感染性があるものとして取扱う。そしてこの基準は推定される感染状態とは関係なく,すべての患者に適用される。
 例,手で触れたら石鹸で手を洗う。処置をしたら手袋をはずして手を洗う,汚れそうな時は手袋,フェイスシールド,マスク,エプロンなどをする。床が汚れたら清掃をする。針に対しては,リキャップを禁止し,針刺し防止器具,針捨てボックスを用いる5)
2)スポルディングによる分類
 スポルディングの分類は,患者に使用する医療器具や器材を生体に与えるリスクの違いにより,感染の危険性を考慮して3つのカテゴリー(クリティカル,セミクリティカル,ノンクリティカル)に分け,その程度により適切な消毒方法を決定したものである。
 例えば,生検鉗子は無菌の部位に挿入するので感染の危険が高くクリティカル器材であり,滅菌をする。また,内視鏡は粘膜に接触するので感染の危険は低くセミクリティカル器材であり,高水準消毒をする。そして,無傷の皮膚に接触する血圧のカフは,感染の危険はほとんどなくノンクリティカル器材であり,低水準消毒または洗浄でよい(表1)。


5.洗浄・消毒のための感染症チェックの問題
 内視鏡の洗浄・消毒にスタンダードプリコーションを取入れていれば問題はないが,内視鏡検査前に感染症を調べ,感染症(−)と出た人を不十分で不適切な短時間処理することが経済的側面から多用されている。また,前もって感染症検査を実施することは感染時の医療従事者の対処のために必要と言う意見もある。
 しかし,以下の問題がある。この方法でチェックできる病原微生物はHBV, HCVなどに限られ,Human immunodeficiency virus(HIV)Helicobacer pylori(H. pylori)は行われていない。また検査した結果が陰性であってもウイルスを排出し,感染を惹起するウインドー期があるため感染する可能性がある。感染症チェックにはHIVに限らずその目的を患者に十分説明し,承諾を得る必要がある。さらに,感染症チェック費用より洗浄・消毒費用の方が安価である。そして,不十分で不適切な処理方法で感染が起これば社会的,経済的にも大きな損失を避けることができない。



 さまざまな微生物により感染が起きているが微生物の種類により消毒剤抵抗性が異なる(表2)。
1.細菌
 細菌による感染症の伝播は,Salmonera spp.,Eschericha coli, Pseudomonas, Klebsiella,Enterobacter spp., Serratia marcescens, H. pyloriなどを含むグラム陰性桿菌が多く伝播している。
1)Salmonella
 わが国での内視鏡関連の感染報告はないが,海外では歴史的にSalmonellaによる感染は,内視鏡感染伝播報告が最も多い。過去のSalmonellaの感染は,不十分な内視鏡の洗浄・消毒や処置具の不十分な洗浄,特に,螺旋状ワイヤーが巻かれた生検鉗子の超音波洗浄を行わなかったために感染が起こっている。
 Spachら6)の胃腸内視鏡による微生物伝播の報告では,Salmonellaによって多くの感染が起こっており,84例報告されている。その中には敗血症による死亡例もある。ほとんどの例において,内視鏡の消毒にSalmonellaに対して比較的殺菌活性が少ないへキサクロロフェン,クロルへキシジン,第四級アンモニウム塩などの消毒剤が使用されていた。
2)Pseudomonas aeruginosa(緑膿菌)
 P. aeruginosaは健康な人の腸内に10%の割合で存在する細菌であるが,わずかな有機物と水があれば増加し,易感染患者に日和見感染する代表的な細菌でもある。1974年,ファイバースコープを用いて食道検査を行った12人のうち,急性白血病患者3人がP. aeruginosaに感染7)し,そのうち生検をした2人が敗血症により死亡したことが報告された。このほか,内視鏡的逆行性胆膵管造影(ERCP)後のP. aeruginosaによる感染や,十分に殺菌されていない水道水により送水ボトルや自動洗浄機内などが汚染されることがある。
3)H. pylori
 H. pyloriは,胃内視鏡検査後の患者に急性胃粘膜病変(AGML)を起こすことや胃癌との関連が明らかになっている。H. pyloriの感染は,使用後の内視鏡をアルコールで拭き,かつ内視鏡の吸引チャンネルのブラッシングを怠るなど,不適切な消毒剤の使用や不十分な洗浄で起こっている。
 1992年8),内視鏡検査後に急性胃炎を発症した患者の血液と,直前に同じ内視鏡で検査を受けた9人の血液について調べたところ,9人中4人には,検査前に見られなかったH. pyloriの抗体が検査後に検出された。さらに,1人の患者のH. pylori遺伝子型を解析したところ遺伝子配列も同じであり,感染が裏付けられた。

4)Escherichia coli O157(O157)
 O157は,毒力が非常に強く,100〜数100個で感染する。さらに,潜伏期が3〜8日と長いため2次感染を起こす。2003年,前日にO157の患者に使用した大腸内視鏡を用いて検査したところ,患者が下痢や腹痛の症状を訴えた。患者はその後完治したが,O157の遺伝子を調査すると同じ遺伝子配列であることが判明した。内視鏡の洗浄を流水ではなくバケツ内で行うなど,洗浄が不適切であり,消毒にも問題があった。
2.ウイルス
1)B型肝炎ウイルス(HBV)
 1983年9),B型肝炎の患者が食道静脈瘤破裂を起こした。その際使用した内視鏡を2%グルタラール(GA)で21時間浸漬消毒したにも関わらず,次の日スコープを胃出血の患者に用いたところ,急性B型肝炎に罹患したことが3ヵ月後に判明した。このとき送気・送水チャンネルは水洗と送気のみで消毒されなかった。また,内視鏡そのものも操作部やコネクター部は浸漬消毒できないタイプのものであった。
2)C型肝炎ウイルス(HCV)
 HCVはHBVにくらべ血中ウイルス量が少ないので長い間感染はないと言われていたが,1997年10)に感染が報告された。活動性C型肝炎の患者の後に,結腸内視鏡検査を受けた2人に3ヵ月後,HCV感染症に罹患したことが遺伝子の解析で裏付けられた。問題点は,チャンネルをブラッシングしていないこと,スコープの消毒剤への浸漬が不十分なこと,生検鉗子が超音波洗浄やオートクレーブ滅菌されていないことなどであった。

3.真菌
 真菌では,1989年,Trichosporon beigelliによる感染報告11)がある。内視鏡検査を行った10人の患者の胃液から本菌が分離され,感染源は免疫不全患者であった。

4.原虫
 原虫では,1976年,Strongyloides stercoralis(糞線虫)に汚染されたスコープで4例の食道炎が報告された12)
5.感染の危険が懸念される微生物
 感染の危険が懸念される微生物にはHIV,抗酸菌,Clostridium difficile(C. difficile),Cryptospori-dium,Creutzfeldt-Jakob Diseaseなどがある。
1)HIVは,感染管理に多大な影響を及ぼしたウイルスであるが,内視鏡に関連したHIVの伝播が起こったという例は報告されていない。
2)抗酸菌は,細菌芽胞についで消毒剤に抵抗性が強く,Mycobacterium tuberculosis(M. tuberculosis),Mycobacterium chelonae(M. chelonae)などが主に内視鏡感染にかかわっている。気管支鏡検査においては,M. tuberculosisによる感染6)が多くみられ,M. chelonaeによる感染も記録される13)。しかし,消化器内視鏡ではM. tuberculosisの感染報告はなく,また,M. chelonaeによる洗浄機汚染14)はみられたが感染報告はない。
グラム陽性の桿菌で,細胞壁に多量の脂質(蝋様の膜で細胞壁の60%を占める)があるため難染色性であるが,いったん染まると酸やアルコールで容易に脱色されないので抗酸菌と言われる。また,抗酸菌のうちM. tuberculosis(結核菌)以外の抗酸菌を非結核性抗酸菌という。
3)
C. difficileは,偽膜性大腸炎の原因菌である。この菌を保菌している患者にC. difficile耐性の抗生物質を投与した結果,菌交代症を起こし,腸管内でC. difficileが増えて偽膜性大腸炎を起こすものである。また,この菌は医療従事者を介して病院内にアウトブレイクを起こしている15)。しかし,内視鏡検査で伝播した報告例はない。
芽胞を形成する偏性嫌気性のグラム陽性桿菌である。
4)Cryptosporidiumのオーシストは,HIV患者や免疫抑制剤の投与を受けている患者が感染すると重症になりやすく,消毒剤に強い抵抗性を示しGA消毒では効果がない。しかし,50℃10分間,または22〜25℃3時間放置で殺滅され,乾燥に弱い弱点がある。これは消毒剤などの物質の透過性は悪いが水の透過性が高いためである16)。内視鏡による感染報告はない。
Cryptosporidiumは嚢包体(オーシスト)という卵の殻に包まれた状態で糞便と共に排泄される。
5)Creutzfeldt-Jakob-Disease(CJD)は,50〜60代の高齢化に伴って約100万に1人の割合で発症する海綿状脳症である。感染発病すれば死を逃れることができず,現在使われている消毒剤では効果がない。プリオンを内視鏡から見つけ,除去することは難しいので使用した内視鏡は破壊して焼却するしかないという主張もあるが,唾液,歯肉,腸管,便,血液には感染性がないのでCDCの草案17)では現在の洗浄・消毒方法を変える必要がないとしている。また,現在,内視鏡による感染報告はない。
*注:BSE由来の変異型CJDとは異なる。

6.洗浄水の安全性
 水道水(飲料水)は無菌ではないといわれ,非結核性抗酸菌による汚染の危険18)もあるので,内視鏡の洗浄やすすぎには滅菌水やフィルタで濾過されたものが望まれる。しかし,現実にすべての洗浄水の清潔度合を一律に上げることは難しく,また,残留塩素濃度が測定範囲内(0.1ppm以上)に維持されていれば,通常の培養では細菌(一般細菌,ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌など)の検出はほとんど見られない。現在,内視鏡で通常に塩素消毒されている水による感染事例は報告されていない。


1.汚染
 汚染(汚れ)は,固体表面と異物との間に何らかの結合力がはたらいて表面と異物とが強い力で結合している19)。汚れには有機物,無機物があり,微生物も含まれる。医療器具では微生物汚染が問題になる。
2.洗浄
 洗浄とは,固体の表面から汚れを除去することをいう。洗浄には,化学成分の働きによる表面張力の低下や可溶化のほかに,機械的(物理的)な作用がある。洗浄は微生物除去に非常に有効な補助的手段であり,器材は消毒処理の前に洗剤と温水によって洗浄をする。
 洗浄によってバイオバーデン(微生物数)が減少し,消毒や滅菌に対して抵抗する物質(有機物,無機物)を除去できる。したがって,便,血液,粘液で汚染されたものは放置すると乾燥し汚れが落ちにくくなるので,使用後はできるだけ早く洗浄する。

3.消毒
 消毒とは,対象物から細菌芽胞を除く,多くのまたはすべての疾患の病原に関連した微生物を除去あるいは殺滅する処理方法であり,液体薬剤や湿熱を用いて行う。消毒の効果はさまざまな条件で異なってくる。消毒剤の種類,濃度,温度,浸漬時間,微生物の種類や汚染の度合い,被消毒物の洗浄の有無,被消毒物の形状(隙間,管腔のあるもの),バイオフィルム*の有無などである。消毒剤は不適切なものを使用すると効果が得られないばかりでなく,感染の危険もあるので使用時に適正な消毒剤を選択し,正しい濃度で最も効果的な方法で使用する。
*バイオフィルムとは,医療器材に付着した細菌(P. aeruginosaなど)が液体に浸されると,菌体表面に糖タンパク(グリコカリックス)を産生し,互いに凝集して膜状の菌塊を形成するもので,消毒剤に抵抗性を示す。

1)高水準消毒剤
 高水準消毒剤は多量の細菌芽胞以外の微生物をすべて殺滅し,長時間使用で滅菌を成し遂げるものをいう。例,2%GAは10時間の使用で化学滅菌を成し遂げる。なお,細菌芽胞が残存しても問題がないことは,消化管などの粘膜は細菌芽胞に対して抵抗性があるが,栄養型細菌,抗酸菌,ウイルスには感染しやすいことによる。グルタラール,フタラール,過酢酸などがある。
2)中水準消毒剤
 中水準消毒剤は抗酸菌,栄養型細菌,ほとんどのウイルスや真菌を殺滅するもので,この中には高濃度や長時間使用で細菌芽胞を殺滅する薬剤もある。次亜塩素酸ナトリウム,アルコール(イソプロパノール,エタノール),ポビドンヨードなどがある。
3)低水準消毒剤
 低水準消毒剤はほとんどの栄養型細菌や真菌と一部のウイルスには有効であるが,抗酸菌や細菌芽胞には無効なものをいう。また,この低水準消毒剤には,耐性のある微生物も多い。第四級アンモニウム塩,クロルへキシジン,両性界面活性剤などがある。

4.滅菌
 消毒ではどうしても殺滅できない微生物が一部存在するが,滅菌はすべての微生物を死滅させる工程である。正確にはすべてを死滅というより無限にゼロに近づける確率である。
 例えば,ある器材が10個あったら,それをある条件で処理しても1個は細菌が生存していたとするとき,汚染している可能性が1/10である。滅菌で望まれる細菌汚染の状況はこれを1/100万以下の確率にすること。生検鉗子が100万本あったら1本汚染していることである。実質100万分の1ということはゼロに近いということであり,滅菌はこのレベルまで処理できる条件で行われる。主な滅菌工程には,乾熱滅菌,オートクレープ滅菌,酸化エチレンガス(EOG)滅菌などがある。

5.内視鏡に使用される消毒剤
1)グルタラール20)
 GAは,内視鏡の消毒剤として長年使用されている信頼のおける高水準消毒剤である。一般細菌,抗酸菌,真菌,ウイルスなどに有効であり,また有機物存在下でも活性を維持できる殺菌剤である。消毒時間が長いこと,消毒時の曝露による副作用の問題もあるが,金属,ゴム,プラスチックなどを腐食せず,熱に弱い内視鏡の消毒に適している。内視鏡の消毒には2%GAで10分間の浸漬消毒後,水ですすぎ,さらにアルコールによる追加の乾燥を行う。
 グルタラール消毒後のアルコール乾燥は,乾燥後の細菌の増加を抑えるために行っているが,水道水中の非結核性抗酸菌や結核菌などにも殺菌効果が期待できると推測される。これは,実験的に抗酸菌のM. cheronaeで106個の汚染をさせた内視鏡チャンネルを標準の用手洗浄をおこなった後,2%GAに10分,20分,45分の時間で浸漬消毒した。その結果は10分消毒10例中2例,20分消毒18例中1例,45分消毒18例中1例は消毒することができなかった。しかし,GA消毒後70%イソプロパノール(イソプロピールアルコール)ですすいで乾燥させたものは10分間の消毒でも細菌は検出されなかったこと21)。また,2%GA45分消毒で殺菌されなかったGA耐性のM. abscessusが80%エタノール1分間消毒で殺菌されたことなどによる22)
 ただし,アルコールのみによる消毒では不十分であり,GA消毒を組み合わせることによって初めてこのような効果を生むことができる。
2)フタラール23)
 フタラールは0.55%濃度のものが市販されている。有機物存在下でも高水準消毒が可能で2001年厚生労働省より高水準消毒剤として承認された。消毒時間は5分間でよい。GAと異なり,皮膚や粘膜に対する刺激や臭気が少なく,物質適合性に優れ,器具表面への血液凝固や組織への固着が少ない。蛋白質などの有機物を黒く変色させるが,これは洗浄工程が不十分である指標にもなる。
3)過酢酸24)
 0.3%過酢酸は,5分間で高水準消毒が可能な消毒剤で2001年厚生労働省より高水準滅菌剤として承認されている。作用機序は強力な酸化力により,蛋白の変性,代謝酵素の不活化,細胞膜の破壊などにより殺菌する。過酢酸は分解して酢酸,過酸化水素,酸素,水になるので有害な物質を生じない。過酢酸の高い消毒効果は,有機物中でも効果が低下しないが,金属腐食性が高いので腐食をさけるため,メーカーではpHを調整して内視鏡に使用できるものを専用の洗浄機と共に発売している。
4)強酸性電解水
 強酸性電解水には,塩素濃度が20〜50ppm,pH2.7で10秒程度の非常に短い時間で多くの微生物を殺滅し,環境に悪影響を与えない,安価であるなどの利点がある25)。しかし,強酸性電解水に血清0.1%以上を添加すると殺菌力が消失する26)。また,抗酸菌の殺滅には1〜2分必要であるが内視鏡を腐食させる弱点がある。さらに,消毒効果や安定性を考えると塩素濃度やpHの確実なものを使用する必要があり,内視鏡メーカーは強酸性電解水の使用を認めてはいない。したがって,強酸性電解水は使用者が管理し,その責任を持たなければならない。




1.内視鏡の構造
(図1,図2)
 電子内視鏡はスコープの先端に小型テレビカメラ(CCD)を装着し,情報を電気信号として伝送する。電気信号はビデオプロセッサーにより画像信号に変換され,映像としてテレビモニターに写しだされる。すべての電子内視鏡は,コネクター部,ユニバーサルコード部,操作部,挿入部より成っている。内視鏡は種類によって異なり,一部はメーカーによって異なる部分もある。
1)コネクター部
 コネクター部は光源と接続する。送気・送水そして吸引チャンネルが存在し,ライトガイドと共に収容されている。コネクター部のサイドは,スコープケーブルと接続するがこの部分は洗浄や浸漬に先立って防水キャップを装着しなければならない。
2)ユニバーサルコード部
 コネクター部に続くユニバーサルコード部はライトガイド(グラスファイバーからなる),送気・送水チューブ,吸引チューブ,映像関係のコードを内蔵する。外側表面は内視鏡検査の間,飛散,手の接触で汚染される可能性がある。
3)操作部
 スコープのアングルを可動,固定し,さらにボタンの使用で吸引や送気・送水の操作する部分である。操作部は内視鏡検査の間に汚染され,アングルノブの溝や隙間そしてボタンの受けの部分など汚れが隠れやすい場所が存在する。また,生検チャンネルの挿入口は挿入部近くの操作部にあり,汚れが残りやすい部分であるので洗浄時は注意深くブラッシングをする。
4)挿入部
 挿入部は患者の体内に入るので汚染度合の高い部分である。挿入部の先端は吸引と送気・送水チャネルの開口部で終了する。先端近くの部分は彎曲部といわれ,柔らかい軟性の材質でできているので不注意に取り扱うと傷になりやすい。
5)内側の共通の特徴
 吸引,送気・送水チャンネルはコネクター部から先端まで達している。洗浄の間にユニバーサルコードや挿入部のよじれ,鋭角な曲げをしないようにしなければならない。生検チャンネルがよじれていると汚れを蓄積させ,洗浄が不十分になる可能性がある。
6)特別な内側の構造
 側視鏡や斜視鏡などは,鉗子起上ワイヤーチャンネルや鉗子起上装置があり,この部分は洗浄・消毒に特別な工夫が必要である。

2.内視鏡の洗浄・消毒
 内視鏡の洗浄・消毒方法の実際については,さまざまな事情により各施設で異なるのが実状である。そこでガイドラインに沿った洗浄・消毒例を示す。
1)ベッドサイドの洗浄(患者から抜去直後の洗浄)
 洗浄,消毒を行うものは感染や薬剤などの危険物質から身を守るためにガウン,手袋,眼または顔面の保護具を着用する。患者より抜去した内視鏡は光源に接続したまま,直ちに洗浄を行う。内視鏡外側と内側の吸引チャンネルおよび送気・送水チャンネルは体液や他の汚染物質に曝されるからである。直ぐに洗浄しないと付着した汚染物質が乾燥して洗浄しにくくなる。
@内視鏡の外側をガーゼや布で拭く,これは外側に付着した粘液,血液,汚物を除くためである。ガーゼは濡れていても乾いていてもどちらでもよい。
A吸引チャンネル内の洗浄を行う。洗浄は酵素洗剤液を200ml吸引する。水で行うと洗浄力が酵素洗剤に比べてかなり劣る27),28)。汚れの度合を潜血反応でみると水200mlの吸引では,100%陽性であるが酵素洗剤液だと陽性率が50%に減少する29)。ノズル詰まりを考えると蛋白質などの分解を促進する酵素洗剤が安価な中性洗剤よりも適している。しかし,洗剤ではなく消毒剤(アルコール,クロルへキシジンなど)は,有機物を凝固させてしまうので使用してはいけない。
BA/Wチャンネル洗浄アダプターを装着し,送気・送水チャンネルの洗浄を行う。検査中に同チャンネル内に逆流した胃液,腸液,血液(胃では15cm位逆流するといわれている)などを追い出す,これはノズル詰まりを防ぐと共に感染防御のために有効である。
C送水ボトル接続チューブや光源に付属するスコープケーブルは,スコープのコネクター部と接続する部分であるが,通常,汚染度合が低く,そこから患者へ感染が伝播する可能性も低いので,アルコールガーゼや低水準消毒剤などで清拭消毒する。また内視鏡の吸引口金に接続している吸引チューブの先端は汚物が付着しているため,最後に同じガーゼでその部分を包み込むように覆い消毒して周囲への飛散を防止する。

2)漏水テスト
 内視鏡を光源からはずして防水キャップを取り付ける。水槽または流し台に水を張る。防水キャップの通気口金に漏水テスターの取り付け口を取り付ける。漏水テスターを取り付けたまま内視鏡を水中に浸漬し,内視鏡から連続的に気泡が発生しないことを確認する。漏水テストは検査数の関係で毎回行うことは難しいが,毎症例毎に行うと確実に重修理の予防となる。漏水テストには,専用のもの,光源を利用するもの,自動洗浄機に附属のものがある。
3)内視鏡外側(外表面)の洗浄
 流し台にて温水を流しながら,洗浄剤(中性洗剤,酵素洗剤など)を用いてスポンジやガーゼなどで内視鏡外側の汚れを落とす。特に内視鏡の操作部,挿入部を入念に洗浄する。先端のレンズ面は,柔らかいブラシにて洗浄する。
 鉗子起上装置のある内視鏡では,構造が複雑なため,チャンネル掃除用ブラシや柔らかいブラシでは汚れを落としにくいので,高い洗浄効果が得られる電動歯磨き機による脈動水(間歇的に水が噴射される)を用いる。また鉗子起上パイプに送水をする(3〜5ml)。このとき廃液がきれいになることを確認する。
4)付属部品の洗浄
 送気・送水ボタン,吸引ボタン,鉗子栓を外し,それぞれ洗浄する。特に鉗子栓は汚れが落ちにくいため蓋を開けてブラシで洗浄した後,よくもみ洗いする必要がある。
5)吸引・鉗子チャンネルのブラッシング
 鉗子チャンネルのブラッシングは流水下でも酵素洗剤液中でもどちらで行ってもよい。チャンネル掃除用のブラシを用いて,ブラシが先端から現れるたびに水道水でブラシそのものを揉み洗いする。適切な消毒剤で十分に消毒しても,チャンネルのブラッシングを怠ったために発生した感染事故は少なくない。そのためブラッシングは感染防御の重要なポイントである。チャンネル掃除用のブラシで吸引・鉗子チャンネルの3カ所すべてに行う。ここでいう3カ所とは,吸引ボタン取付座から吸引口金までと同じく吸引ボタン取付け座から鉗子出口までそして鉗子挿入口から鉗子チャンネルの分岐部までである(図3)


 ブラッシングの回数は,観察のみと生検や治療処置とでは当然汚染度合も大きく異なる。また,ブラッシングの洗浄効果にも限界があり,特に凝血に対する除去作用は低く,確実な効果を得るためにはブラッシングのほかに,酵素洗剤の吸引や浸漬も必要になる。したがって汚れがひどく落ちていない場合は汚れが落ちるまでブラッシングを行うが,目視で汚れが落ちていればその回数で終了してもよい。ブラシは鉗子に合ったものを用い劣化したものは使用しない。
流水下2回のブラッシングで,汚れの度合いを潜血反応で調べると78%が陽性であった29)
6)酵素洗剤液への浸漬
 内視鏡の浸漬洗浄に安価な中性洗剤で十分と言う意見もあるが,チャンネルの中は見ることができず,また送気・送水ノズルの詰まり,そしてごくわずかな汚れの付着などを考慮すると酵素洗剤液を使用すべきである。その使用に当たって,まずチャンネル洗浄装置(全管路洗浄具など)を装着し,酵素洗剤液の中に浸した後,チャンネル内の気泡を十分に追い出して,この洗剤液がチャンネル全体に満たされるようにする。
 酵素洗剤液は規定濃度,規定時間(2〜5分間)で浸漬するが,35〜40℃程度に加温すると高温による蛋白凝固がみられず,しかも,室温よりかなり高い洗浄効果が期待できる。内視鏡のチャンネル内には平均105cfu/mlの細菌が付着する30)とされるがこれを洗浄すると102cfu/ml以下に減少させることができる。
7)すすぎ
 内視鏡外側は流水下で,吸引・生検鉗子チャンネルはチャンネル洗浄装置を取付けて十分な水ですすぐ。
8)消毒
 使用後の内視鏡を洗浄せずにいきなり消毒を行うと,内視鏡に付着する有機物を凝固させ,その後の洗浄に支障をきたすばかりでなく,逆に病原微生物を保護し,感染の原因をつくる可能性があるので行なってはならない。
 内視鏡の高水準消毒剤としては,現在GAのほかにフタラールや過酢酸が厚生労働省から承認されている。したがって,それぞれの薬剤の使用については有効濃度と期限を守って使用する。しかし,中水準消毒剤のアルコールや塩化ベンザルコニウム,グルコン酸クロルへキシジンなどの低水準消毒剤は効果が期待できないので使用してはならない。
 GAを用いた消毒例では,洗剤を十分に除去した後に,GAの浸漬槽で内視鏡外側とすべての内視鏡チャンネルに2%以上のGAを満たして10分間の浸漬を行う。

9)消毒剤のすすぎ
 内視鏡外側は流水下で,吸引・生検鉗子チャンネルはチャンネル洗浄装置を取付けて200ml以上の水ですすぐ
大腸の内視鏡を良くすすがなかったために,GAが残留して直腸炎や粘膜損傷を起こした例がある31)
10)乾燥
 70%イソプロピールアルコールや70%エタノールを10ml以上各チャンネル内に通し,送気または吸引で乾燥させる。
 この操作はグルタラールのところでも述べたが,2%GA10分間消毒後にアルコール乾燥を追加することで結核菌などの抗酸菌に対しても効果が期待できる21),22)。したがって,すぐに使用する場合でも,この操作を行う必要がある
アルコールが残留している可能性があるので,必ずチャンネル内の送水や水の吸引を行なわれなければならない。また,必ずGAとアルコールによる消毒を組み合わせなければならない。単独の使用を行ってはならない。
11)保管
 内視鏡のチャンネル内に水分が残っていると保管中に細菌が増加するので,細菌の増加を防ぐために乾燥する。そのため内視鏡は,送気・送水ボタン,吸引ボタン,鉗子栓などを装着せずにハンガーに掛けて保管する。
12)洗浄機洗浄
 洗浄機洗浄は,必ず内視鏡の吸引洗浄,内視鏡外側の洗浄そして吸引・生検チャンネルのブラッシングを行った後に行う。この工程を省くと完全な洗浄・消毒ができなくなる。それから,洗浄機にかけて洗浄,消毒を行うのが洗浄機洗浄であり,その後保管ということになる。注意点として,洗浄機には汚染されたものと清浄化されたものが取り扱われるので,洗浄前の汚染した内視鏡と洗浄後のものを明確に区別する。



 内視鏡検査,治療の進歩に伴い内視鏡処置も多種多様化している。使用済み生検鉗子の再処理が不十分でSalmonellaやH. pyloriによる感染が起きている。
1.処置具
1)生検鉗子
 生検鉗子は,無菌の組織を損傷する危険な器具であり,組織片や血液,粘液が必ず付着する。この器具は鉗子を開閉するためのワイヤーとそれを被覆する螺旋状のワイヤーからなるので,ワイヤーの間に浸透した血液,粘液は,ブラシなどを用いた通常の洗浄では汚染除去できない。現在最も有効な洗浄方法は超音波洗浄である。超音波で破損することなく,十分な洗浄効果が得られる。
 生検鉗子は,使用後,酵素洗剤に浸漬し,超音波洗浄機にて30分間洗浄する。その後,水洗し軽く水を切り,潤滑剤を塗布し,軽くふき取り,滅菌する。生検鉗子はオートクレーブ(例,134℃3分32)など)で滅菌しなければ安全性を保証できない。これで,細菌芽胞やウイルスにも対応できる。他の方法では問題がある。例えば,生検鉗子を常に完全に乾燥することは難しく,汚れや水分が残存していると酸化エチレンガス(EOG)滅菌では鉗子を十分に滅菌できない。
2)スネア,クリップ装置
 これらは編みこんだワイヤーあるいは螺旋状のワイヤーと,それを被覆するテフロン製のシースからなる。使用後はシースからワイヤーを取り外して,それぞれ酵素洗剤の入った超音波洗浄機で30分洗浄をする。その際,シース内に洗浄液を完全に満たす。その後,水洗し軽く水を切り,潤滑剤を塗布し,軽くふき取り,オートクレーブで滅菌をする。
3)把持鉗子,バスケット鉗子
 把持鉗子やバスケット鉗子などは,ワイヤーとシースを取り外して洗浄ができない構造になっている。その代りに洗浄するための送液口金がついている。送液口金より洗浄液をシース内に満たして超音波洗浄機にて30分間洗浄をする。洗浄後,送液口金より十分に水を流したあと,水分を追い出してからさらに潤滑剤を流し,作動確認後オートクレーブで滅菌する。ただし,操作部のない造影チューブなどは潤滑剤を使用しない。
4)ディスポーザブル製品
 生検鉗子やスネアなどの処置具は内側のワイヤーや外側のシースなどで構成され,かつ粘膜を損傷し,血液や粘液などに汚染されるので洗浄や滅菌が難しい。したがって,リユース製品の他にディスポーザブル製品も開発されている。ディスポーザブル製品は繰り返し使用が考慮されていないので再使用してはならない。ディスポーザブル製品の再使用は,安全なものを危険な状態にして使うことになる。特に,処置具は複雑なものが多いので洗浄後の乾燥が十分でない場合は感染のリスクが高い。

2.送水ボトル
 滅菌したボトルに水道水(飲料水)を入れ,同一ボトルをそのまま1週間連続使用すると光源やコネクター部に付着したP. aeruginosaなどを取り込むため,細菌が増加し1/3の割合で培養陽性になる33)。ところが,通常使用のボトル内細菌培養陽性率は低く,1週間毎の滅菌でも毎日ボトルを乾燥すれば細菌(一般細菌やブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌など)はほとんど検出されない。しかし,感染を惹起させる恐れがある易感染患者の場合は滅菌水を用いることが望ましい。
3.自動洗浄機
 繰り返しになるが自動洗浄機では,P. aeruginosaや非結核性抗酸菌(M. chelonaeほか)で洗浄槽内や供給水管経路が汚染されることがある。特にGA濃度の低下によって非結核性抗酸菌に汚染される危険がある14)ので定期的に洗浄機そのものを自己消毒しなければならない。


 一般に検査台,光源,生検組織処理台などは汚染しやすいのに対して床,壁,カーテンなどはほとんど汚染されない。また,流し台などは常にP. aeruginosaやSerratia spp.などのグラム陰性桿菌で汚染されているがほとんど感染源にならない。
1.汚染していない場合
 検査環境は,皮膚に接触しないものであり患者が感染する危険性はほとんどない。したがって,ノンクリティカルであり,汚染していない場合は消毒よりも清掃が重要である。
 床に存在する微生物の多くは,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌などの非病原菌である。また,感染に及ばす床などの環境と感染率の関わりはきわめて少ない34)。床を洗剤で洗浄しても消毒剤で洗浄しても感染率に差はない。床の洗浄調査では,洗浄すると細菌数が80%減少したのに対し消毒剤で洗浄すると99%減少し,消毒剤の方が細菌数の減少に効果がみられた。しかし,消毒後2時間経過すると細菌数はほとんど消毒前に戻っていたとの報告がある35)

2.汚染した場合
 検査環境からの感染はほとんどないと思われるが,MRSAやP. aeruginosaなどが易感染患者へ感染する可能性も考慮する必要があり,さらに,HBVは乾燥した環境でも1週間生存し,感染能力がある。したがって,環境表面のわずかな汚染の場合は,0.1%の次亜塩素酸ナトリウムで清拭するが,目に見える血液汚染がある場合は,有機物により消毒効果が低下するので0.5%の次亜塩素酸ナトリウムで清拭する36)
3.消毒効果がないあるいは逆効果の場合37)
 内視鏡検査室内は常に清掃し,清潔な環境を保つことは感染防止の基本である。しかし,消毒がかえって意味のない場合や有害な場合もある。
1)吸引ボトルに消毒剤を前もって入れておく方法は,有機物による減弱効果や吸引による濃度低下など効果が期待できないばかりでなく,不経済で必要性がきわめて低い。
2)HBV, HCV患者使用後の内視鏡や吸引ボトルの処理に使用した流しの消毒にGAなどの高水準消毒剤で消毒する必要はない。低水準の消毒剤か洗剤を用いて汚染を除去しておくだけで十分である。
3)HBV, HCVの血液で汚染された床の消毒にGAで消毒することはGAの曝露による副作用の問題があるので絶対に行ってはならない。



 内視鏡検査時に,内視鏡医,内視鏡技師,看護師などの医療従事者自身は感染のリスクについてあまり注意を払っていないのが実状である。しかし,感染の危険が存在するので内視鏡による患者への感染と同様に重要視されるべきである。
1.感染の危険
 内視鏡医療従事者の感染事例報告38)はHBV, HCVが多く,中には劇症肝炎で死亡した例もある。また,手袋をしない内視鏡医はH. pylori抗体陽性率が高く,患者の粘液に素手で触れて経口的に感染したものである39)。生検施行時は,術者よりも介助者の曝露が高い40)。体液の飛散による内視鏡医の眼への曝露を測定すると4.1%であった41)。さらに,米国では,医療行為中の眼粘膜面曝露により医療従事者がHIV感染したという事例もある37)
2.感染経路別予防策42)
1)接触感染
 患者との接触,あるいは医療器具や環境表面との接触による感染症の伝播を防ぐ。手洗いや手袋,ガウン(エプロン)を着用する。
2
)飛沫感染
 気管吸引,せき,くしゃみ,会話などによる感染性の飛沫粒子(5μより大)の伝播を防ぐ。マスクと手洗いをする。
3)空気感染
 空気中を長時間浮遊する感染性の飛沫核(5μ以下の大きさ)の伝播を防ぐ。特別な空調対策(陰圧にした個室など)で換気は1時間に6〜12回(へパフィルターを使用)行い,N95微粒子用のマスクを使用する。

3.内視鏡室の感染防止策
 内視鏡検査時に感染の危険があることは知られているが,内視鏡検査時に手袋やガウンはしても眼または顔面の保護具を着用している人がほとんどいない。しかし,飛んでくる飛沫を避けることは不可能である。
 感染を防ぐには,手袋,ガウン(エプロン),ゴーグル(フェイスシールド),マスクなどすることが不可欠である。使用後の注射針などはリキャップを禁止して,針捨てボックスに廃棄するなどの配慮が欠かせない。針処理用の針捨てボックスの使用によって,針刺しが25%削減された報告がある43)。また,汚染した手袋でカルテや電話機に触れないように注意する。患者に使用したタオルなどは生検や処置時に交換する。

4.手洗い
 手洗いは感染対策の基本であり,手洗いと手指消毒のための指針44),45)に基づいて行う。手が目に見えて汚れていなければアルコールベースの擦式消毒剤を用いる。目に見える汚れや蛋白質汚染がある場合には,石鹸と流水で洗う。流水と石鹸による手洗いの工程は,最初に水で手をぬらし石鹸をつけて15秒間こすり合わせた後,水ですすいでからペーパータオルで完全に乾かすので30〜60秒間必要であるが,実際は10秒ほどで終了することが多く,十分な洗浄ができていない。さらに,手洗いの実施率は低く,平均40%である46)
 一方,アルコールベースの擦式消毒剤は,手が汚れている場合は適用できないものの,手に付着した一過性の細菌を短時間で殺滅できる。持ち運べばどこでも使用できる。皮膚保護剤が入っているので石鹸より皮膚に対して刺激が少なく,加えて,手荒れを減少させることができるなどの利点がある。

5.感染事故時の対応
 感染の有無をすぐに判断することはできないので,感染防止対策マニュアルを各施設で作成し,速やかに対応できるようにしておく。
事故発生時の対応
1)皮膚は流水下で十分に流してから石鹸水でよく洗い流すこと。
2)眼は流水で十分に洗い流すこと。
3)口腔内は水で十分にうがいすること。(ポビドンヨード液を使用すると殺菌効果がある)
4)針刺しの場合は,直ちに流水下で十分に洗い流してから石鹸水でよく洗い流した後,すぐに0.1%次亜塩素酸ナトリウムで消毒する。次亜塩素酸ナトリウムは蛋白質と反応すると食塩に変化するため最も低残留性の消毒剤である47)
事故の報告には,種類(針刺し,飛沫汚染,接触汚染など)発生時刻・背景となる因子を報告し,原因解明,再発防止に役立てる。

6.GAの毒性
 GAは,曝露によって皮膚炎,鼻炎,結膜炎などの原因になっている。さらに,極端に換気の悪い環境下で高濃度のGAに曝露され続けると,従来何ともなかった微量の化学物質に対しても,口内炎を発症し,喉や肺に痛みを訴えるいわゆる化学物質過敏症に至る場合もある。GAの曝露対策は空気中の濃度を極力減らすことであるが,わが国には法的規制がない。米国の職業安全衛生管理局(OSHA)では,健康管理のため空気中の濃度は0.2ppmを超えないこととしている。さらに,米国工業保健衛生士協会(ACGIH)はGA濃度を0.05ppm以下にすることを推奨している。
 GAの曝露から身を守るには,床に接した部分にGA専用の排気装置を設置するか,ボックスの中で集中的に排気する局所排気装置などを設置する。洗浄・消毒作業を行う際には,蒸気の吸入と皮膚接触を最小限に留めるため,フェイスシールド(ゴーグル),専用のマスク,防水性のガウン(エプロン),手袋(肘までの長さもの)を着用する。腕の部分は皮膚保護用のクリームを塗布する。
 GAの曝露を避けるため,できれば内視鏡の自動洗浄機を用い,専用の排気装置を設置する。しかし,このような設備のないところでも窓を開けて十分な換気を図る。さらにGAに限らず他の消毒剤についても曝露防止対策を十分に行う。

7.健康管理
 医療従事者は一般の人と比較してHBVの抗体保有率が高い48)。HBVに感染する危険性は,血液や粘液,排泄物などの中に含まれるウイルス量によって異なるがHBe抗原陽性の血液による針刺しの感染率は30%と高く,HBVの抗体を持たない人はワクチン接種を行う。


 内視鏡からの感染を防ぐために洗浄・消毒をしているが,洗浄・消毒後のスコープが完全に安全であるかについては不安がある。そこで日本消化器内視鏡学会はガイドラインに対してのQuality Assurance(品質保証)49)を推奨している。
1)施設ごとに,年1回は無作為に抽出した内視鏡機器,処置具について表面や鉗子チャンネルなどの一般細菌の培養検査を行う。
2)抽出するスコープは上部,下部,十二指腸などその施設で使用している全機種を対象とする。
@スコープチャンネル内は20〜30mlの滅菌生食水を通し,それを直接培養する。
Aスコープ表面はスタンプ培養する。
B周辺機器(保管庫内を含む)はそれぞれ最適な方法で培養検査を行う。
 これはガイドラインによる内視鏡の洗浄・消毒が対象であるが,仮にガイドラインが守られていれば通常スコープから細菌は検出されないはずである。ガイドライン以下の水準で洗浄・消毒している場合検出される可能性が高い。検査の結果,検索時の無菌操作のミスで細菌汚染が起こった場合を除いて,細菌が検出された場合は,検出された菌種に関係なく洗浄・消毒方法を改善する必要がある。
 しかし,周辺機器から細菌が検出されても,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌,Bacillus spp.,グラム陰性桿菌など環境にいる細菌であれば問題はない。ただし,目視で汚れている場合(血液,粘液,糞便など)は汚れを落とさなければならない。それは,洗剤などを用いて落とす。このとき殺菌作用のある界面活性剤(洗浄剤)はより有効である。周辺機器などは衛生を保つために清掃しておく必要がある。



 十分な洗浄・消毒をしていない施設がある。しかし,消化器内視鏡による感染事例が稀に報告され,感染管理の原則に基づいていない方法では感染の危険が存在している。確かに,ガイドラインの遵守には相応の経済的負担を伴うが,感染事故が発生したときの経済的,社会的損失は計り知れない。
 また経済的負担を軽減するために,洗浄・消毒費用の保険点数化など診療報酬の中で評価されることが切望される。さらに,ガイドライン普及のためには,厚生労働省による適切な規制も必要である。
 内視鏡の洗浄・消毒は手間の掛かる作業であるが,患者を感染の危険から守る上で非常に重要な業務である。洗浄・消毒のガイドラインが遵守されなければ,内視鏡による検査や治療が成り立たないことを内視鏡医療従事者は自覚すべきである。本ガイドラインを各施設のマニュアル作成に役立てて安全な内視鏡検査に備えてほしい。


文 献
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謝 辞
 本ガイドライン作成に当たり,感染管理面ではNTT西日本東海病院外科大久保憲先生,また,日本消化器内視鏡消毒委員会から信州大学医学部附属病院光学医療診療部赤松泰次先生にご指導,ご助言を賜り,深謝申し上げます。